本当のあなたのことは、他の人たちがよく知っている(こともある)

先日、フェイスブックで「変人カミングアウト」をしました。

でも、数少ないフェイスブックのお友達(諸事情あって、現在は110人くらい)からは、別に意外なことでもなかったようです。

妻からも

「変人」って表現はともかく、普通の人じゃないってことくらい、ずっと前から知ってたし。何をいまさらって感じ。

と冷静に言われ、

フェイスブックでも

私が好きな人はみんな変人です(笑)

何かに秀でた人はみな変人ですよ(笑)

変人は変人に好かれます(笑)

と、「知ってましたよ」と言わんばかりの(笑)コメント。

この何気ない出来事は、私たちが日々、他人との関係性をつくっていくうえで、陥りがちな2つの状況を思い出させてくれました。

一つは「ジョハリの窓」のフレームワークでいうところの

「自分は分かっているが、他人は分かっていない」と捉えているもの(秘密の窓)は、多くの他人がすでに気づいていることだったりする

ということ、そしてもう一つが

「自分では気がついていないが、他人が分かっている」ことに気づくには、しばしば苦しい「自己受容」が伴う

ということ。

例えば、僕にとっての「変人カミングアウト」は、

子供の頃から植え込まれてきた「立派な人間にならなければいけない」という思い込みを根底から否定するもので、

それは「立派な人間になる」ために、これまでの人生で厳しく自らに課してきたことや、自らを律してきたことの否定でもあります。

現に、自分が「変人」であることを受け容れはじめて、「変人カミングアウト」に至る数日前から、僕は原因不明の胃痛に苦しんでいました。

その胃痛たるや、水を飲んだだけで吐き気をもよおすほどの酷いものでした。

「立派な人間になる」ために必死で頑張ってきた、自分の中にある「古い自我」が、自己を否定されることに抵抗していたのかもしれません。

おかしな話ですよね。

周りの人たちが薄々(あるいは、はっきりと)気づいていたことを受け容れるのに、そんな苦しみが伴うなんて。

でもそんな苦しみも、

「立派な人間になろうとして必死に頑張っていた時期も、本当の自分(変人)に気づくための大事なプロセスだったんだ」

「本当の自分を認めるということは、頑張っていた過去の自分を否定することではなくて、「これまでお疲れさま、ありがとう」と解き放つことなんだ」

と気づいてからは、スッと消えていきました。

自己受容ができてからは、すべてが楽に、軽やかになっています。

どんな自分でも大丈夫。

どんな自分であっても、自分という人間の価値はなにも減らない。

過去に「こうなりたい」と願っていた理想像にまだ到達していなくても、大丈夫。

筋トレをときどき手抜きしても、大丈夫。

ダイエット中、たまにアイスクリームを食べても、大丈夫。

仕事の合間に、モヤモヤさまぁ~ず2のネットコンテンツを観て、ニヤニヤしていても大丈夫。

同じく仕事の合間に、タモリ倶楽部「空耳アワー」名作集を観て、大笑いしていても大丈夫。

他の人たちにうまく自分のことを伝えられない、あるいは、人間関係がなんかギクシャクしている・・・というときは、

本当のあなたについて、あなたが認識していることと、他の人たちが気づいていることの間に、ズレがあるのかもしれません。

辛い自己受容を伴うかもしれませんが、そのズレを埋めることができれば、

自分自身であることが、そしてありのままの自分で他の人たちと関係性を築いていくことが、とても楽になります。

僕は自分自身で(長い長い回り道をしながら)そのズレを突きとめましたが、

まずはあなたが心を許せる友人に訊いてみるのが、一番の近道かもしれません。

あなたが「カミングアウト」できることは、何ですか?

神戸を拠点に活動するビジネスコンサルタント。株式会社スティッキービジョン代表取締役。アメリカでの7年間の勤務経験を含め、これまで色々な業界で、30を超える国・地域でプロジェクトに関わる。遊びで始めたInstagramへの投稿がきっかけになり、イラストレーター、グラフィックデザイナーとしても活動。

起業家・事業家向けのコーチングを行っている妻の廣世紹瑛と共に、神戸で「ビジネスお悩み相談クリニック」を好評開催中です。

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