「つまらない自分」を受け容れるとラクになった

アイデア

 

ここ1ヶ月以上、自分自身の半生を振り返る「内観」を続けて、気づいたこと・・・

それは、自分の中にしぶとく生き残っていた、「抑圧」と「嫉妬」でした。

 

ここ最近、ブログの更新も、SNSへの投稿もあまりしていませんでしたが、

これも「抑圧」の現れでした。

 

「ブログ記事を書くからには、“ちゃんとした文章”を書かなければならない・・・」

「SNSに投稿するからには、“誰かの役に立つ内容”を投稿しなければならない・・・」

 

そんな「強迫観念」にとらわれて、

何かを創造したり、表現するときのピュアな楽しみや喜びを抑えつけ、

誰からも強制されていないにも関わらず、「義務感」の虜になっていたのです。

 

振り返れば私自身、子供のころから、

「ちゃんとしていなければならない」という観念にとらわれ続けていました。

両親や学校の先生、あるいは上司の期待に沿うために、

優れていなければならない、正しくなければならない、役に立つ存在でいなければならない・・・

 

それは裏を返せば、

自分は価値のない存在で、常になにかが足りないから、ずっと努力し続けなければならない」という、

無意識で自分を卑下していたことの反動でもあったのです。

厄介なことに、一度このような想いにとらわれてしまうと、

上手くできたことより、上手くできなかったことばかりに意識が向くようになります。

例えるなら、学校のテストで99点をとったとき、

「やった!99点とれた!」と喜ぶのではなく、

「なんで満点がとれなかったんだ・・・」と、延々と自分を責め続けるようなことが起こります。

 

そのような「自分は価値のない存在」という想いは、会社勤めをしているときも、

会社を辞めて独立してからも、ずっと残っていました。

「どんなに頑張っても望んでいたような成果が出せない、やっぱり自分はダメなんだ・・・」

そんな想いが、

というか、言わば「満点でなければ意味がない」という自分の勝手な思い込みが、

好きな仕事や趣味をココロから楽しんでイキイキとしている人たちや、

周りの人たちや社会から認められ、次々と活躍のステージを上げている人たちに対する「嫉妬」を生み出しました。

 

SNSのタイムラインで、充実している日々の楽しげな投稿を見るたびに、

フォローを外したり、友達解除を繰り返したり・・・

一時期は300人を超えていたFacebookの「友人」を、50人未満にまで減らしたこともあるほど、

病んでいた時期もあります。

 

でも、自分自身で次から次へと勝手に創り出した「抑圧」を抱え込んでいたこと、

そして、そんな抑圧から自分が勝手に「嫉妬」を創り出していたことに気づき、

「あー、自分はなんてつまらない人間だったんだろう」と素直に受け容れた瞬間、

あらゆることが違って見えるようになりました。

自分自身で創り出していた「歪んだフィルター」を手放したことで、

目にするものがすべて、「ありのまま」で入ってくるようになったのです。

 

SNSで楽しげな投稿を見かけたとき、

以前はただ拒絶していたのですが、

「わー、いいなぁ!」と素直に思うようになりましたし、

社会的に成功している人たちとご一緒させていただくときも、

以前なら「この人と比べたら、自分なんか・・・」という劣等感を強めるだけだったのが、

「こんな成功者と話ができるということは、自分もこの人たちのステージに近づいているんだ」と思うようになりました。

 

見方を変えれば、単に思い込みの内容が変わっただけなのかもしれません。

でも、人生を送っていく上で、どうせ思い込みから逃れられないのであれば、

自分を抑えつけ、苦しめ続ける思い込みよりも、

自分を解き放ち、自分の可能性を広げる思い込みを持つほうが良いに決まっています。

 

ありのままの自分でいい、

自分に足りないところがあっても卑下せずに、それをチャンスと捉えて成長し続けていけばいい・・・

という「自己承認」を通じて、

自分で自分を傷つけ続けてきたダメージを癒やし、次のステージに進んでいこうと思っています。

 

もしあなたが、以前の私のように、

自分自身で創り出した(かもしれない)幻想に苦しめられているなら、

これまでの人生を振り返る「内観」で、幻想から抜け出すキッカケがつかめるかもしれません。

ぜひ、お試しください。

 

 

神戸を拠点に活動するビジネスコンサルタント。アメリカでの7年間の勤務経験を含め、これまで色々な業界で、30を超える国・地域でプロジェクトに関わる。遊びで始めたInstagramへの投稿がきっかけになり、イラストレーター、グラフィックデザイナーとしても活動。