【ブックレビュー】The Icarus Deception

洋書レビュー

 

The pain is part of being alive. Art is the narrative of being alive. – SETH GODIN

苦しみは、生きることの一部。芸術は、生きていることの証。

The Icarus Deception: How High Will You Fly? by Seth Godin (2013/1/1発売)より

リスクテイカーも、ビビっている

起業家はしばしば、「積極的にリスクを取る人=リスクテイカー」と表現されます。リスクテイカーは「リスクを取ることに恐怖を感じない」と誤解されることもありますが、実態は「リスクに直面したときに感じる恐怖で思考停止に陥らない」という人々です。

ヒトが恐怖を感じるのは、脳内の扁桃体という部位です。生命を脅かす状況に置かれたときには、この扁桃体が反応し、防衛行動を引き起こします。他人と違う行動をしたり、社会的に「常識」とされている事柄に反することを行うときにも、扁桃体が反応します。これは、群れたい・集団に属したいという人間の本能に反する行為であり、扁桃体が恐怖のシグナルを発することで、そのような行為を止めさせようとしているのです。

 

ビビリながらも、前に進むのが、リスクテイカー

恐怖を感じるというのは、多くの生物が持つ固有の反応であって、押さえつけることはできません。もし恐怖を全く感じないという人がいれば、単にウソをついて強がっているか、あるいは扁桃体に異常が生じているということです。

日々、前例のないこと・答えのないことに取り組んでいる起業家も、その他の人々と同様に、恐怖を感じています。違いは、恐怖を感じたときに、それに屈することなく新しいモノを創造するまで続けるのか、それとも、恐怖を受け入れて社会通念や集団のルールの枠内に収まり、創造することを諦めてしまうのか、という点です。

起業するためには、恐怖に対する反応パターンを変えることが必要です。恐怖から逃げ、心地よい環境に甘んじるのではなく、真正面から恐怖感と向き合い、なぜ恐怖を感じているのか、その理由を突き詰めていく。恐怖を生み出している理由のうち、自分が変えられるものは変え、変えられないものは受け入れる。変えられない理由があったとしても、それから生み出される恐怖を感じ続けながら、勇気を振り絞り、前向きな態度で、自分の成し遂げたいものに取り組んでいく。

「起業に関する不安要素を全て取り除いてから起業したい」と言う方がいますが、それでは死ぬまで起業できません。起業とは、消えることのない「不安」を抱えるということです。

 

もう怖がらなくても済む、たった1つの方法

恐怖感が生まれる理由を直視できない、あるいは恐怖を感じながらでも成し遂げたいものを持っていないなら、恐怖を感じる状況から離れる生き方を選ぶべきでしょう。起業することに恐怖を感じ、それを自分ではどうにもできないのであれば、組織に属する生き方を選ぶ。これは良し悪しの問題ではなく、選択の問題です。

集団のルールを守り、集団のなかで認められることにのみ邁進することも、一つの生き方として称賛に値するものです。恐怖から逃げ出したという心の痛みは、同じ境遇の人々と一緒に居ることで、癒されます。仕事が終わった後、居酒屋で同僚たちと、会社や上司の悪口やグチを言い合うという行為ほど、扁桃体をリラックスさせるものはありません。

集団に属することで、自分のやりたいことは必ずしもやれなくなりますが、その代わり、帰属意識と、守られているという安心感が得られます。(ただ、その状態が保証される時代ではないことは、皆さんご存知の通りです。) つまり、集団に属することは、起業することによって抱える「不安」の代わりに、「不満」を抱えて生きていくリスクがあるということです。

選択は、その人次第です。

 

自分の適性を判定する一冊

The Icarus Deceptionは、生き方の方向性を決めかねている方にとっての、リトマス試験紙です。

著者のSeth Godin(セス・ゴーディン)は、私達がこれまでの半生で刷り込まれてきた古い価値観を壊し、自分だけが創りだせるものを世に出すことの大切さを、繰り返し述べています。彼はこの本の中で、「自分だけが創りだせるもの」を「芸術(art)」という言葉で表現しています。

・芸術は「正しい」答えを求めるものではなく、新しくて、意外性と希少性がある「面白い」答えを追い求めるもの。

・芸術を生み出すには、他の誰かの許可や承認を求めるのではなくて、自分が生み出したいものを生み出す許可を、自分自身に与える。

・他人や社会から批判を受ける芸術、そして、それを世に出すことに自分自身が恐怖を感じるほどの芸術でなければ、それには世界を変えるインパクトはない。

・芸術を世に出し続ける。世間に受け入れられなくても、次々に生み出していく。

芸術を生み出すことは、資質や能力に拠るものではなく、習慣として身に付けられるものである、と著者は説いています。社会通念や他人の価値観からの同調圧力に抵抗しながら、日々、自分だけの価値を生み出していく。上手くいかなくても諦めずに、より良い価値を生み出すことに、日々集中する。この姿勢は、起業家には当然求められるものですが、既存の組織に属していたとしても、この姿勢を持ち続けることで自らの世界観と認知パターンを変えることができ、その結果として、仕事のアウトプットがより「自分らしい」ものに変わってきます。

この本を読んで、自分が創りたいものを創るには起業するしかないと思うか、既存の組織に属している方が自分が創りたいものを創れると思うか。いずれの反応が生じるかは、読み手次第です。

もし、自分が創りたいものが何もないのであれば、この本を読んでも、全く反応は起こらないでしょう。これも良し悪しの問題ではなく、生き方の選択の問題です。自分がやりたいことではなく、他人の価値観に従って、受け身の生き方を続けることも、選択肢の一つです。でも、あなたは、そういう生き方をしたいですか?

 

<参考:原書の難易度>

語彙レベル ★★★☆☆(3/5) 比較的平易な語彙が多い

読みやすさ ★★★★☆(4/5) 口語調の軽妙な言い回しが多い

神戸を拠点に活動するビジネスコンサルタント。アメリカでの7年間の勤務経験を含め、これまで色々な業界で、30を超える国・地域でプロジェクトに関わる。遊びで始めたInstagramへの投稿がきっかけになり、イラストレーター、グラフィックデザイナーとしても活動。